任務帰りに小鳥を拾った。薄汚れた小さな鳥。その鳥の羽根は、両翼とも無惨にもぎ取られていた。
そっと手の中に包むと、ふるふると震えていた。このままではそう何日ももたない。瀕死だと一目で分かった。

「大丈夫だ、もうお前を傷つけはしないよ。」

イルカは大事そうに鳥をふところに抱えて走り出した。
里に着くと報告を後回しにしてイルカは火影の執務室近くの部屋へと向かった。
ノックすると中からどうぞとかえってきた。室内に入ると教え子がなにやら資料に目を通していた。突然にやってきた恩師の姿を見てにこりと微笑む。

「珍しい、イルカ先生がここに来るなんて、どうかしたんですか?」

「修行中にすまないな、サクラ。実は任務帰りにこいつを拾ってな、手当、頼めるか?」

イルカの言葉にサクラは布に包まれた小鳥をそっと手に取った。

「ひどい、両翼とも切り落とされてる。鋭利な刃物で切り落とされたのね、傷口が綺麗だもの。」

暗に獣に襲われた等の弱肉強食の自然摂理ではなく、人がいたずらに傷つけたものだと示した言い方だった。
サクラはすぐにチャクラを練りだして小鳥に宛てた。ぼうっとした光りをあてると傷口がどんどんふさがっていく。震えていた小鳥の体は静かになった。

「傷口は止血して治療したし、生命力を吹き込んだからもう安心よ。でも、翼は元には戻らないわ。この小鳥はもう、」

飛ぶことはできない、と言おうとしてサクラは口を噤んだ。イルカは分かっているよと頷いて見せた。

「うん、ありがとう。いいんだ、生きていてくれれば。お前がいてくれて助かったよ。さすがに口寄せの動物でもない生き物を医療忍に診せるわけにはいかなかったからな。俺の個人的なことに付き合わせて悪かったな。」

「いいの、修行の成果を披露できて却って嬉しい。私も成長してるって見てもらえたから。」

「うん、頼りにしてるよサクラ。お前も一人前の中忍だもんな。」

イルカはサクラの頭をそっと撫でてやった。

「今度ラーメンおごるからな。」

「やだ先生、ラーメンは太るのよ。どうせならオーガニック料理のランチでもおごってくださいよ。」

「お、おがに?よくわからんが俺の月給でまかなえるようなのを頼むぞ。」

くすくすと笑うサクラの手からそっと小鳥を手渡されたイルカは礼を言ってその部屋を後にした。そして受付へと向かった。
そして報告を済ませて家に帰ると卓袱台の上にメモが置いてあった。
タオルを持ってきて寝床を座布団の上に作ってやり、そこに小鳥をそっと置いてメモに目を通すと、それはカカシからの伝言だった。
どうやら任務でしばらく里を離れるらしい。
行き違いになってしまったようだ。自分の任務はたった3日のものだったのに何故だかひどくすれ違ったような気分になった。
忍びなんだから仕方ないよな、なにを乙女のように寂しがっているんだか、と苦笑してイルカはやっと自分の荷物を置いた。そして座布団の上に置いていた小鳥の様子をうかがった。
治療後で疲れたのか、ぐったりとしている。薄汚れたままでは傷に障るだろうとお湯を沸かすことにした。
お湯をたらいに入れて水でぬるま湯にしてタオルを浸し、座布団の隣に置いてそっと小鳥を手に乗せでタオルで丁寧に汚れを落としていく。
できるだけ丁寧に、優しく優しく。

「ごつい手で申し訳ないけど我慢してくれよな。サクラみたいにふわふわした柔らかい手だったらもっと気持ちいいんだろうけど。」

そして汚れを落とし、乾いた布で水気をとってやれば、やがて美しい羽毛が現れた。光沢のある乳白色で、今は衰弱してあちこち抜け落ちている部分もあるが、羽根があればさぞやその美しさは何倍にもなったであろうと伺える。しかし今はただ鳥の体がそこにあるだけである。見た目はかなりいびつに見えるものの、鳥は生きようとしている。
拾った時もそうだった。たまたま体を休めていた木の根元に転がっていたこれは、最初ねずみの死骸かと思ってしまった。だが、少しずつ体を動かし前に進もうとしていた姿はついぞ見たことのない強靱な生命力を見たような気がしたのだ。
たかが鳥と言われるかもしれないが、生きることを諦めないかのようなその姿に何か心を打たれてこの手に拾い上げたのだった。

「誰がお前を傷つけたんだろうな。羽根がなくともこんなに美しいのに。」

イルカは人差し指で小鳥の頭をそっと撫でた。小鳥は物怖じしないのか、それとも人に慣れているのか、イルカの手を甘受していた。

 

それからイルカは小鳥と暮らし始めた。小鳥は数日体力を消耗していたのかぐったりとして元気がなかったが、イルカの懸命の世話で少しずつ元気を取り戻していった。そして一週間後にはピィピィと鳴くまでに回復した。
耳障りではない程度に高く、澄んだ鳴き声だった。
飛べぬ小鳥を一日中部屋に閉じこめておくのも可哀相だとイルカは出歩く先々に小鳥を連れ出した。
アカデミーの職員室、買い物の商店街、修行場所、小鳥は最初イルカのふところに納まっていたが、しばらくしてイルカの肩に留まるようになった。羽根のない小鳥は最初人々から奇異の目で見られていたが、イルカのかいがいしさと、元来の鳥の美しい体で人々はすぐにある種その異様な光景を受け入れていった。
一ヶ月後、受付業務の日、イルカはいつものように小鳥を肩に乗せて報告書を受理していた。
もうすぐ担当時間が終了するという時間になった頃、ばたばたとした足音が聞こえてきた。
受付の戸が勢いよく開いてアスマが転がるようにイルカの前に立つ。
嫌な予感がした。いや、悪いことを聞かされる、イルカは確信を持った。アスマの顔色が悪い。どこも怪我をした様子などないのに。ひょうひょうとした雰囲気を拭って、まるでそれは、近しい人の訃報を知らせるような。

「イルカ、来てくれ。」

慌ててやってきたのにもかかわらず、その声は静かだった。いつもは豪快に笑っているその声が心なしか震えているのは気のせいだろうか。
イルカは無言で立ち上がった。肩に乗せていた小鳥を同僚に預けてアスマの後に付いていく。
受付を離れてとある建物の地下へと続く階段を下りていく。どんどん薄暗くなる。どんどん、どんどん。気持ちが沈んでいく。この先にある部屋へは、イルカも何度か来たことがあるのだ。
アスマはその部屋の戸を開けた。
数人がすでにそこにいた。みな顔見知りの忍びたち。共通の知り合い。彼の人の。
台に乗せられたそれを見て、イルカはああ、と息を漏らした。

「カカシさん。」

一本の腕がそこにあった。透明なガラスケースに収まったそれは今にも動き出しそうだった。

「細胞が死滅しないように処置が施されていましたから保存状態がかなりいいです。いつでもこの腕は持ち主の体と結合できるようにしてありますから。」

シズネの言葉にイルカはそうですか、と答えるだけで精一杯だった。この場で崩れなかっただけでもかなりの労力を有した。

「イルカ、これは間違いなく、カカシの腕なんだな。」

アスマの言葉にイルカは頷いた。暗部の入れ墨のない側の腕だった。指先に噛み跡が残っている。最後の逢瀬でイルカが付けたものだ。急なイルカの任務ですぐに起たなければならないからと言えば、昼間からアカデミーの資料室でカカシに強請られて応えた、その名残。まだ日の高い資料室で、声を殺すためにカカシの指を口に含まされて、思ったよりも深く噛んでしまった。
あの時のことがこんなにも色鮮やかに思い出せるのに、そこにあの時の跡のある腕があると言うのに、意志の籠もらない、物体としてのそれがあるだけ。
吐きそうだ。

「指の歯形は俺のものです。照合してください。」

イルカの言葉にその場にいた者たちが項垂れるのが分かった。みな、違うと言ってほしかったに違いない。だが、カカシの恋人であるイルカがそうだと肯定しているのだ。カカシの一番身近な人物であるイルカが。認めないわけにはいかない。

「アスマ先生、この腕はどこで、カカシさんは今どちらに。」

アスマは無言でいる。言うわけにはいかないのだろう。中忍のイルカには言えない、きっと大変な事件に巻き込まれているのだ、あの人は。イルカは追求するのを諦めた。

「ご用件は以上でしょうか。」

「ああ、業務中にすまなかったな。」

アスマの言葉にイルカはその部屋から出た。
一般に霊安室と言われているその部屋から。
イルカは建物を出て深呼吸をした後、走りだした。走って走って、自分の家に転がり込んで布団をかぶった。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
信じない、違う、でも、確かに、

「カカシさんの腕だ。」

ぽつりと呟いた自分の言葉に戦慄する。
優しい腕だ、自分を包むひんやりとした手。里を守り、自分を愛してくれた腕だ。
それが今は体を離れあんな冷たく暗い部屋に安置されている。いつでも接合できると言われたけれど、それはつまり本体は見つかっていないと言うことだ。
怖い怖い、嫌だ、でも、真実だ。それが全てだ。
夕闇が空を覆い、とっぷりと日が暮れた頃、イルカの家の戸をノックする者がいた。
しばらくじっとしていたが訪問者はなかなか去ろうとしない。イルカは未だに千々に乱れる心を落ち着けぬまま布団から這い出て玄関に出た。戸を開けると同僚が立っていた。手に小鳥を乗せている。そうだ、預けたままだった。

「イルカ、こいつを忘れるなんてお前らしくもない。こいつ、寂しがってたぞ。」

イルカの尋常ならざる様子を言及するでもなく、あくまでいつものように話しかける同僚にイルカは感謝した。下手に慰められたら、発狂したかもしれない。
いつものように、通常通り、淡々と明るく語る同僚。

「すまなかったな、すっかり忘れてたよ。エサやんないとな。」

イルカは小鳥を受け取った。同僚はまた明日な、と言って背を向けた。

「なあ、」

イルカはその背に声をかける。

「俺、一ヶ月有給取るわ。」

イルカの突然の言葉に同僚は驚くでもなくそうか、と呟いた。

「上に報告しとくよ。明日から一ヶ月な。」

「おう、よろしくな。」

淡々と紡がれる言葉の羅列。狂気を食い止めるための会話。
背を向けて去っていった同僚の背中を見つめていたイルカは、小鳥に頬を寄せた。

「カカシさんが好きなんだ。どんな姿であってもいい、生きていてくれさえいれば。お前のように空を飛べなくても、忍びでなくていい、あの人がいてくれればなんだっていい。」